働かない若者は絶対悪?

若者の現状をどう捉えるべきか

今こうして働いている事実に対して、どのように感じているかと聞かれるとそれは仕方のないことだと話す人もいるのではないだろうか。生活のため、これから先の人生も自分が自分として生きていくためには、生活の基板となる収入という金銭問題を解消しなければならない。昨今騒がれているブラック企業に使い潰されてしまい、精神病を患ってしまったという人は決して少なくはない。筆者の友人も初めて経験する労働に対して抵抗感を覚えながら、自分をすり減らして汗水たらして業務をこなしていったが、結果としてうつ病を患ってしまい、2年ほど休職しなければならなくなったという。その状況を久しぶりに連絡を取ろうとした筆者は状況を把握して驚き、当時友人が住んでいた名古屋まで気晴らしと励ましも込めて遊びにいったこともある。滞在中は友人が社宅として借りている部屋で寝泊りし、途中大阪に遊びに行く等して少しでも気分がまぎれるようにとしてあげた。ただその時から思っていた事は、その友人がなんら精神病を患っているという雰囲気がなかったことだ。でも実際にそうなのかもしれない、仕事をしているといつもの自分ではない行動を起こしていたと話していたので、プライベートの仕事から解放されている時間においては情緒は安定傾向にあると見ていた。友人はその後無事に復職し、現在も仕事を継続しているので一安心だが突如として相した問題に立ち尽くす人は決して少なくはない。

今の日本で問題になっている若年層の就業問題がこれほどまで社会問題として騒がれるようになってから、早どれくらいだろうか。もちろん日本だけというわけではなく、世界各地で職を失って明日の生活にも困っている人はごまんといる。特にヨーロッパ地方では失業率が軒並み20%を記録するなどし、市街や市内では政府に対してデモが活性化し、国民から暴民へと変貌して町のあちこちを破壊して廻るという団体行動まで出たほどだ。それに比べたらまだ日本の場合、自宅に引きこもって自宅警備員などと自分達の事を揶揄しているのだから、平和なことだ。

自分には縁のない話、自分は今こうして勤務しているのだから心配の予知など皆無だと、高を括っている人もいるかもしれない。でもその意識を持っている人こそ、もしかしたら予備軍なのかもしれない。すり減らして働くことを良しとして、自分の努力が足りないから会社に認められないと血反吐を吐くが如く、無尽に働き続けている人もどこかで休憩しなければならない。働く事は大事だ、しかし同時に自分という資本を安全に維持して行くためには、肉体としても精神としても万事いつでも機能出来るように休息する、これが出来なければいざというときに行動を起こすことが出来ない。

働くことに疲れてしまう、または働いて自分を壊してしまうほど病んでしまう、どこにでもある話だ。自分というものを管理していないからだと一言で片付けられる事案ではない、今は働きたいと願っていても働くことが出来ないという矛盾した勘定に捉われている人もいるという。若者が働くなった現状、これを悲観的に捉えるべきかどうか考察してみると、一概に雇用される若者だけに非を集中させるべ気なのか、考えてみる。

便利になったから無業状態になる、は間違い?

働かない若者、ニートという言葉が常用語の様に扱われている昨今、筆者としては正直この言葉はあまり普段から日常的に聞いていたいと思う言葉ではない。それに反してどうしても使用頻度が増えている、増えてしまっている事実を否定できない。何とかならないだろうかと思っているが、まずはそうした若者達の問題を解決する事を優先しなければならない。問題を解決できる、かどうかについては正直なところ肯定も否定もしないでおく。簡単に話して解決までの糸口を導き出せるかどうかは、言わなくても答えはNOだ。

最近の若者達がニート、ひきこもりとなっている現状について1つの共通点として、常態化してしまうという問題をまずは何とかしなければならない。では長期に渡って就業に対して消極的になっている原因としてあげるなら何かとして、パソコンやスマホ、携帯にタブレットといった情報機器を所有している事がすべての原因だと述べている人もいる。何か違和感を感じないだろうか、これらが就業を阻害している悪だとしたら、すべての社会でパソコンなどの情報技術に関わる全てを排除しなければならない。世界の様々な情報を取得できるようになった、そしてそんなパソコンが普及したことで様々な面で世の中が、その最新に適合させていった。

こんなことになったら、多分壊滅する
さて、ここで一つの状況を想定してみよう。今この瞬間、パソコンを日常生活においてすべての人に使用禁止令を政府が出したとしよう。パソコンといってもデスクトップやノートパソコンだけでなく、パソコン機能を有しているスマートフォンにタブレットPCなど全て、携帯以外は操作することを法律で触らせなくしたとしよう。そんなことになれば大パニックになると同時に、さすがの日本人でも暴動やらが巻き起こって恐ろしいことになる。またそれは人間に直接的に影響を与えるだけでなく、市場そのものに多大な悪影響を与えてしまうこととなってしまう。当然政府としては治めようと何かしらの対策を講じることになるかもしれないが、便利さに包まれた中でいきなり若者が働かないから連帯責任で使用できなくすればいいんだと、そんな結論にはさすがにどんなに愚かな政治家でも考えはしないだろう。
若者の意思を妨害するのは何か
まぁ少し横暴な例を出してしまったのでアレかもしれないが、このように単純な部分で働いていない若者がこうした利器を持っていると堕落した生活をすることになってしまうという、そんな安易な発想をするのは少し危険だ。例として当てはまる人もいるだろう、だが中には毎日職を求めてパソコンをフル稼働させている人もいる事実を見失ってはいけない。ではこの時何を重点的に見つめて統計していけばいいのかというと、それは無職の若者の意思に焦点を当てるということだ。これ無くして本当にパソコンなどを持たせなければ働く意欲を見出せるのかというと、まずありえないだろう。パソコンを使えなくされたことに逆上して家族を八つ裂きにした、という事件も実際に起こっている。こうした事件を考えてみると、パソコンの使用だけですべてが解決するわけではない。求職活動をして行く中で若者心理において、就業意思が何に阻害されているのかを、把握する必要がある。

一度は職を経験している人の例を参考にしてみると

ひきこもり、もしくはニート、または働きたいけれど働き口が見つからない、とにかく労働に従事していない人の中には一度はきちんと就職をしている人もいる。そうした人達が皆何かしら訳あって退職した人もいる。折角正社員として就職したにも関わらず、どうして掴み取った希望をむざむざ放り投げてしまう人がいるのだろうと疑問に思っている中高年の人もいるかもしれないが、理由を紐解いてみるとそれが単純に解決する問題ではない背景が見えてくることもある。では実際に退職理由を少し挙げてみると、

  • 所定の契約期間が途切れてしまった
  • 労働条件が納得しがたいものだったから
  • 上司との関係が悪くて辞めた
  • 日々の業務で精神病を患い、仕事を継続できなくなった

といったものだ。こんなもの自分達の頃と比べたらたやすいものだと、価値観を押し付けてくる人達もいるだろうが、それでは解決を招くどころか共感を呼び起こすどころの問題ではない。実際に高い志で就職しても、自分の精神を穿たれることもある。経験不足という問題ではない、そしてそんな若者の心をへし折ってしまう企業、そして上司が核として存在していることが一番の悪性だからだ。

若者の心を切り捨てる精神

とある男性の話をしよう、その人は某飲食業界の企業に就職し、職を通じて社会貢献をしたいと考えて入社した。その熱い心は当時から同期に対して熱烈にアピールしていたが、実際に現場へと出てみると想像していた理想と現実の乖離を思い知ることになる。でも男性は諦めなかった、自分の努力が足りなかったからだとして労働に労働を圧して残業を繰り返し行っていった。しかし企業としての見返りとなる残業代が出なかった、男性はこれに対して上司に抗議をした。至極全うな行動だ、だがそれに対して上司からは叱責の檄が飛び買うこととなる。それ以上に、上司は自分でさえ毎日遅くまで働き続けて同様の冷遇を受けて、さらに家族との時間を取ることさえままならないのにその言い方は何だと、まるで抗議するなどありえないとばかりに罵倒したのだ。

結果、男性は上司に歯向かったとして待遇としての肩身が狭くなり、その後現実に打ちのめされて退職を余儀なくされたという。その後男性はこうした企業内での体験によって働くことに対して消極的となってしまい、以前までの情熱がまるで絶対零度の吹雪の中で固く閉ざされてしまったという。

さてこうした実例が出ている中で、本当に若者の働く意思がないから若者無業者なる者を増やしているといえるだろうか。筆者に言わせてみれば男性の行動は何一つ間違ってはいない。労働に見合った分の対価を申請するのは労働者の権利だ、そしてそれを正当に支給しない企業こそ労働方に違反している事実は免れない。だが企業としては残業代を支払っていない事実を隠蔽し、ましてや上司が鬼気迫った表情で部下をこれでもかとそのやる気をへし折る罵声を与えたという事実、これではどんなに就業に対して前向きに考えている人も労働に対して希望を見出すことは出来ない。

これからを担う若者の心をこれでもかと追い詰める企業、そして上司という存在はこの男性だけに留まらない。労働環境の悪化によって若者だけでなく、既に働いている人達にも影響を及ぼしているのも重々承知している。しかしこれから少しでも企業のために貢献していこうとする意志をへし折って従順に、ただ命令だけを遵守するような人形ないし機械になれというのでは、また話が違う。若者が働くなっている事実に対して、ただ若者だけに焦点を絞るのではなく、働くための労働環境が本当に労働者にとって適切なものになっているのか、この点についてメスを入れて議論していかなければ、問題解決の糸口は見出せないだろう。

Page Top